仮面ライダーなどの人気ヒーローで知られる石ノ森章太郎!
「仮面ライダー」、「スーパー戦隊シリーズ」、「サイボーグ009」、「人造人間キカイダー」など、たくさんのヒーローものを生みだし人をご存じでしょうか。
それが、「石ノ森章太郎(いしのもりしょうたろう)」というマンガ家なのです。
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彼のもっとも知られている「仮面ライダー」は、石ノ森章太郎が「週刊少年マガジン」に連載されてから、テレビなどに放映されたのです。
少年マガジン時代は、悪と戦う仮面ライダーではなく、アクションよりもストーリーが重要視されてい作品だったのです。
石ノ森の作品は、ヒーローものだけではなく、TBSによって制作実写化された「HOTEL」も、彼の作品なのです。
ホテルマンである赤川一平(あかがわいっぺい)を中心とする、ホテル従業員を描いた物語で、赤川一平役には当時新人タレントであった高嶋政信(たかしま まさのぶ)が主演している。
(写真:高嶋 政伸_www.toho-ent.co.jp)
この「HOTEL」は、実写化され高視聴率(こうしちょうりつ)を記録する人気作となった。
○石ノ森章太郎とは、どんな人?
石ノ森章太郎(いしのもりしょうたろう、1938年-1998年)は、日本のマンガ家、特撮作品として有名である。
(写真:石ノ森章太郎_greatman.merrymall.ne)
代表作として、「仮面ライダー」、「サイボーグ009(ぜろぜろないん)」、「ロボット刑事」、「HOTEL」などがある。
石ノ森章太郎の本名は、小野寺章太郎(おのでらしょうたろう)といい、宮城県登米軍石森町(みやぎけんとめぐんいしのもりちょう)で生まれている。
そこの地域の名前をとって、「石森章太郎(いしのもりしょうたろう)」というペンネームでマンガ家となっているのです。
中学生のときは、新聞に4コママンガを投稿し入選するなど、早くからマンガの才能を見せていました。
それから高校生のときに、マンガ雑誌である「漫画少年」で、初のマンガ家デビューをしています。
このまま高校を卒業して、マンガ家になりたいと思っていた、章太郎でしたが、父親に反対されてしまうのです。
それでもマンガ家の夢をあきらめられない章太郎は、東京豊島区(とうきょうとしまく)にあった「トキワ荘」に引越すことを決めたのです。
「トキワ荘」には、手塚治虫や藤子不二雄などの、今では有名なマンガ家がたくさんいたのです。
(写真:トキワ荘_maskedrider-ryo.hatenablog.com)
章太郎も彼らの影響を受けながら、その後すぐにプロのマンガ家として活躍することになります。
そして、1964年に連載が始まった「サイボーグ009」や、1971年に連載が始まった「仮面ライダー」などの、ヒーローものを中心に、人気作品を生みだしていくのです。
(マンガ:石ノ森章太郎_cumsophia.blog106.fc2.com)
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○マンガ家として「石ノ森章太郎」と改名する!
1985年には、マンガ家30周年を記念して、今までペンネームの「石森章太郎」から、「石ノ森章太郎」に改名している。
1989年マンガの可能性を人々に伝えるため「萬画宣言(まんがせんげん)」を発表しています。
専門的な内容のマンガを本にしたり、マンガ界をよくしていくために尽力(じんりょく)された人物なのです。
(写真:石ノ森章太郎_spysee.jp)
1998年に章太郎は、60歳という若さで病気で亡くなってしまいますが、章太郎の残したヒーローものの作品は、これからも多くの人に愛され続けることでしょう。
○まとめ
・石ノ森章太郎は、仮面ライダー、スーパー戦隊シリーズ、サイボーグ009、人造人間キカイダーなど、たくさんのヒーローものを生みだしている。
・石ノ森の作品は、ヒーローものだけではなく、「HOTEL」も、彼の作品である。
・中学生のときは、新聞に4コママンガを投稿し入選する。
・高校生のときに、マンガ雑誌である「漫画少年」で、初のマンガ家デビュー。
・手塚治虫や藤子不二雄などの、今では有名なマンガ家がたくさんいる、「トキワ荘」に引越す。
・章太郎も彼らの影響を受けながら、プロのマンガ家として活躍する。
・1964年に連載が始まった「サイボーグ009」、1971年に連載が始まった「仮面ライダー」人気作品を生みだしていく。
・1985年には、マンガ家30周年を記念して、「石森章太郎」から、「石ノ森章太郎」に改名している。
・専門的な内容のマンガを本にしたり、マンガ界をよくしていくために尽力する。
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