ウルトラマン誕生50周年!生みの親はゴジラだった!
あなたは「ウルトラマン」は好きですか?
私は子どもころは特にヒーロー物が多く、仮面ライダーやウルトラマン、ゴレンジャーなどありました。その中でも「ウルトラマン」は断然好きでした。
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普段は地球人として、みんなと一緒に生活していても、いざ怪獣や異星人が現れると、「ウルトラマン」に変身して、怪獣を倒してくれるのです。
(写真:granello-hopei.blog.jpc)
ウルトラマンが誕生したのは、今から50年前の1966年7月。
遠い宇宙の彼方にある、M78星雲の「光の国」から、「ウルトラマン」が地球を救うためにやってきたのです。
その特撮技術は、本物よりもリアルで心に残っています。
この特撮技術を駆使して作ったのは、「ゴジラ」を作りだしたことで有名な「円谷英二」率いる「円谷特技プロ」でした。
(写真:columegg.com)
ウルトラマンがシリーズ化されてから、初代ウルトラマン、ウルトラセブン、ウルトラマンジャック(帰ってきたウルトラマン)、ウルトラマンエース、ウルトラマンタロウなど。
最近では、ウルトラマンゼロ(ウルトラセブンの子)、ウルトラマンダイナ、ウルトラマンメビウス、ウルトラマンギンガなど。
ウルトラの父・ウルトラの母など43ほどの、ウルトラマンが誕生しシリーズ化されてきています。
それ以前に、1966年1月~7月まで放映された「ウルトラQ」がありました。この頃はまだテレビも白黒で、怪獣や異星人が登場し、不思議な事件について描いたテレビドラマでした。
○「ゴジラ」が生みの親!
「ウルトラマン」が誕生する以前に、円谷は1954年11月に映画として「ゴジラ」の特撮を手掛けています。
当時はとんでもない怪獣が現れた、体長50メートル、体重はなんと2万トン。戦車や戦闘機の攻撃にもびくともせず、口から火をふいて、東京を襲ってくるのです。
(写真:middle-edge.jp)
「ゴジラ」の名前の由来は、クジラのように大きく、ゴリラのような顔をしていることから、「ゴジラ」と名付けられたとされています。
ゴジラが誕生した経緯は、アメリカのビキニ環礁で水爆実験を行われた。その影響で近くに生息する魚や漁師たちが被曝し、亡くなっていった。
そこで近くに眠っていた恐竜が水爆実験によって、異常に進化し巨大な怪獣として甦ったのです。東京湾に現れ町を破壊していくようになっていく。
当時アメリカの映画で話題となった「キング・コング」が有名でした。
このアイデアを実現するために、東宝は後に「ウルトラマン」を生みだしている、特撮技術の達人である円谷英二に話を持ちかける。
円谷は特撮技術を駆使して、巨大なゴジラが本物の生き物のように、大暴れするように描くために、人間の大きさの「着ぐるみ」を作ったのです。
ゴジラが破壊する東京の町などをミニチュアで本物そっくりに再現したのである。これも大変な手間がかかり、結局映画の製作費は、当初の5倍にもなったといわれています。
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○すぐれた円谷の特撮技術!
ゴジラ、ウルトラQやウルトラマンの制作を行っていた円谷特技プロは「特撮」という特殊な撮影技術を使うのが非常に得意でした。
その特撮技術を駆使して、1966年1月に円谷特技プロは「ウルトラQ」を制作しテレビで放映されました。
(写真:s.mxtv.jp)
特撮技術を多く用いられ「カネゴン」などの人気怪獣も数多く登場させ、当時「ウルトラQ」は大人気となった。
ウルトラQのように正義側でも怪獣でも面白くないと、反対意見の声が上がり、「巨大な変身ヒーローを主人公にしてみては?」ということで、その続編として誕生したのが「ウルトラマン」だったのです。
またテレビもカラーが普及し始めていたので、「ウルトラマン」は人気に拍車をかけたのです。
制作する側にとっても、とても大変な番組作りとなりました。
製作費もかかれば時間もかかり、放映時間ぎりぎりにようやく完成することも、しばしばあったという。
そう言った制作側の苦労があって、「ウルトラマン」は大人気番組となっていったのです。
○ウルトラマンはなぜ3分しか戦えないの?
ウルトラマンに変身してから、地球では3分しか戦えないことは、よくご存じのことですね。
3分になると、胸のカラータイマーが赤く点滅し始めます。
これはウルトラマンのエネルギーとされ、通常は青色ですが、エネルギーが少なくなると赤色に点滅します。
(写真:soneblog-sen.blog.so-net.ne.jp)
ウルトラマンのふるさとである、M78星雲は「光の国」と呼ばれている。
そこでは光のエネルギーがたくさんあり、十分に生きていけるだけの星ですが、地球では光が弱くウルトラマンにとっては、「3分」が限界だったのでしょう。
唯一胸にカラータイマーがないのは、「ウルトラセブン」だけです。
「ウルトラセブン」は、額のビーム光線を出すところが、カラータイマーとなります。赤くは点滅しません。
(写真:middle-edge.jp )
ウルトラマンシリーズの中で「ウルトラセブン」だけが、特撮にこっていたようにも思えます。
「ウルトラセブン」というと、その子どもである「ウルトラマンゼロ」は、胸にカラータイマーがあります。
父のセブンのアイスラッカーは1つですが、ゼロは2つ持っています。
○「ウルトラマン」は「兄・ゾフィー」の命をもらって生き返っている!
初代「ウルトラマン」は、「ゼットン」に破れて、一度死んでいるのです。
ゼットンのビーム光線が胸のカラータイマーにあてられ、ウルトラマンは倒されたのです。
(写真:next884mat.at.webry.info)
そこへウルトラの隊長でもある「兄・ゾフィー」が現れ、2つある命の1つを、「ウルトラマン」に分け与えて、生き返ったのです。
(写真:73129188.at.webry.info)
そして「ウルトラマン」は、光の国へと帰っていきました。
次に「帰ってきたウルトラマン」というように続編らしく、現れたのが、「ウルトラマンジャック」でした。
当時は「ウルトラマンジャック」という呼び名は、あまり使っていませんでした。「ウルトラマン」の続編をイメージさせたのかも知れません。
○まとめ
・ウルトラマンが誕生したのは今から50年前の1966年7月であった。
・ウルトラマンはM78星雲の「光の国」から地球を守るためにやってきた。
・ウルトラマンを作ったのは、映画「ゴジラ」の特撮を行った「円谷英二」率いる「円谷特技プロ」だった。
・「ゴジラ」は大きなクジラとゴリラのような顔をイメージした名前だった。
・ウルトラマンは地球では3分しか戦えないことを知らせるカラータイマーがあった。
・初代ウルトラマンはゼットンに破れて一度死んでいる。
・ウルトラマンは、兄・ゾフィーの2つある命の1つをもらって生き返った。
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