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数々の伝説や記録を残した!レスリング界最強の「吉田沙保里」

オリンピックは4年に1度行われ、たくさんの競技があります。
その中でも、昔から行われている競技の一つが「レスリング」があります。




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レスリングは格闘技でもあり、スポーツでもある競技で、マットの上で二人の選手が組み合い、投げたり相手を抑え込んだりして、勝敗を決めます。

日本のレスリングで女子選手で、活躍している選手はたくさんいます。中でも、特に強い選手はの一人が、「吉田沙保里」です。

(吉田沙保里_出典:ジャパンポップカルチャー最前線)

彼女は、女子レスリング個人で世界大会で16連覇個人戦では206連勝を記録し、2012年には13大会連続世界一でギネス世界記録にも認定されている選手なのです。

しかも国民栄誉賞を受賞し、2004年、2008年、2012年と3度も、紫綬褒章(しじゅほうしょう)を受けている。

父親は元レスリング選手でもあり、今ではレスリングの指導者の「吉田栄勝」である。

(吉田沙保里父_出典:日刊スポーツ)

○夢を力に努力した吉田選手!

吉田沙保里(よしだ さおり)は、日本のレスリング選手で指導者でもある。

吉田は三重県出身で、3人兄妹の末っ子として生まれ、父がレスリングの指導者であり、父の指導で3歳でレスリングを始めている。

吉田がオリンピックを意識し始めたのは、13歳のときで、1996年のアトランタオリンピックの柔道・谷亮子(当時は田村亮子選手)の影響があった。

(谷 亮子)

体の小さな選手が、自分より体の大きな選手を投げ飛ばす姿を見て、「体が小さい自分でも活躍することができる」とオリンピックに夢を持つようになった。

夢を持つことで努力するようになり、ますます強い選手になっていった。まさに夢を力に変えて、努力していく選手であった。

それから、ジュニア大会で活躍し、大きくなってからは「世界選手権」、「全国日本選手権」でも活躍するようになり、吉田選手の強さは多くの人に知られるようになっていった。




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○数々の栄光と伝説が生まれた!

初めて出場したオリンピックは、2004年のアテネオリンピックだった。

そこで吉田は、なんと初出場にも関わらず、女子レスリング55キロ級で「金メダル」を獲得した。

(アテネオリンピック_出典:日本オリンピック委員会)

その後も吉田は試合に出ては勝ち続け、公式戦で119連勝という、すばらしい記録を残している。

そして2012年のロンドンオリンピックでは、女子レスリング・フリースタイル55キロ級で優勝。

(沙保里 リオで最強という伝説_出典:役立ち情報館)

さらにその年の9月には、レスリングの世界選手権で10回連続で金メダル、さらにオリンピックを含め、世界大会で13回連続で金メダルを獲得するという、快挙を成し遂げた。

これが吉田選手の伝説であり、「ギネス世界記録」にも認定されている。その活躍によって、その年の11月には、「国民栄誉賞」を受賞する。

吉田は練習好きな選手で、試合が終わると、さっそく次の日からまた厳しい練習がしたくなるというほど、練習好きであったという。

これだけの記録や伝説を残しても、自分がもっと強くなりたいという気持ちは変わらなかった。

吉田は「負けを知って、さらに強くなれた」と言っている。
吉田も人間であり無敵はない。試合に負けて連勝記録が途絶えたことなどを経験して、吉田はさらに強くなっていった。

「もっと強く、もっとうまく、・・・・」
そんな気持ちが、吉田の大きな力となっている。

○まとめ

・日本のレスリングで女子選手で活躍し、特に強い選手はの一人が、「吉田沙保里」である。
・女子レスリング個人で世界大会で16連覇、個人戦では206連勝を記録し、2012年には13大会連続世界一でギネス世界記録にも認定されている選手。
・しかも国民栄誉賞を受賞し、2004年、2008年、2012年と3度も、紫綬褒章(しじゅほうしょう)を受けている。




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