ノーベル賞を創設した「ノーベル」ってどんな人?
毎年12月10日に、科学や医学で優れた研究成果を残した人や、優れた文学作品を創作した人、世界平和のための尽くした人に、最も有名な「ノーベル賞」授賞式(じゅしょうしき)があります。
これは世界でも有名な賞である「ノーベル賞」を創設したのは、「アルフレッド・ノーベル」という人物です。
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爆薬で知られる「ダイナマイト」を発明した人でも有名です。
なぜ平和のために設立した「ノーベル賞」が、戦争と破壊を目的にするダイナマイトを発明した人なのでしょうか。
○「ノーベル賞」ってなに?
ノーベル賞は、ノーベルが亡くなられてから遺言によって、1901年から始まった世界的な賞である。
(写真:ノーベル平和賞_auto-news.blog.so-net.ne.jp)
ノーベル賞は、物理学、化学、医学・生理学、文学、平和の5分野と、後にスウェーデン国立銀行の設立300周年を記念してできた経済学の1分野で、最も功績を残した人に贈られる賞なのです。
ノーベル賞は、1895年に創設され、1901年に初めて授与式が行われている。
ノーベル賞は、「ノーベル財団」が管理、運営を行っています。
ノーベル財団は受賞者リストを公表しているのですが、そのリストには、出身国しか記載されていないため、ランキングも出身国で順位をつけています。
そのため、今では消滅(しょうめつ)した受賞国も存在することもあるのです。
消滅して継承国(けいしょうこく)に受賞者がいる場合、継承国に加算することになったのです。
例えば、旧ソ連はロシアに、イギリス領のインド帝国はインドにというように、継承される国に加算することになったのです。
継承国のないチェコスロバキアとユーゴスラビアの受賞者は、そのまま加算せずにしていることもあるのです。
2015年までに874の個人と26の組織がノーベル賞を受賞しています。
ノーベル賞の国別ランキングにおいて、1位はアメリカで受賞者数は255人、続いてイギリスの92人、ドイツの80人となっています。
日本人が初めて受賞したのは、湯川秀樹が受賞しています。
2015年11月現在までに、日本のノーベル賞受賞は24人で、非欧米諸国でも最も多い人数となっている。
自然科学部門においては、アメリカに続いて第2位のノーベル受賞者を誇っているのです。
最近では、白川秀樹(東京工業大学)、中村修二(徳島大学)が受賞しています。
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○「ノーベル賞」を創設したノーベルとはどんな人?
「ノーベル賞」は「アルフレッド・ノーベル(1833年10月21日-1896年12月10日)」が、ノーベルの遺言に従って設立しています。
(写真:keiba-umap.com)
ノーベルは、ダイナマイトの発明で知れているスウェーデンの化学者、発明家でもあり実業家であります。
彼は単なる鉄工所からダイナマイトなどの兵器メーカーと発展させ、350もの特許を取得している。
(イラスト:ダイナマイト_free-illustrations.gatag.net)
ダイナマイトの発明で、巨万の富を築いたノーベルは、「ダイナマイト王」とも呼ばれるようになった。
彼は遺産の全てをノーベル賞創設に使っている。
アルフレッドは8人兄弟の4男で、父は事業に失敗し会社の倒産などで一家は貧しく、成人したのは彼を含む男子4人だけだったいいます。
彼は幼少の頃から、工学に興味(きょうみ)を持ち、特に父の仕事でもある爆発物(ばくはつぶつ)に興味を持つようになり、父から爆発物の基本原理(きほんげんり)を学んでいる。
アルフレッドの父は、戦争での兵器を開発・生産し、機械や爆発物の製造に成功をしている実業家でもあった。
クルミア戦争でも兵器生産で大儲けするが、戦争終結後生産が止まり、軍の支払いも止まったため、父の会社は倒産を余儀(よぎ)なくされている。
父は当時扱いが最も難しいされる「ニトログリセリン」の安全な製造方法と使用方法を研究していた。
アルフレッドも、「ニトログリセリン」について学び、この爆薬は狙って爆発させるのは非常な困難な物で、彼は起爆装置を開発し、1863年に特許を取得するまでになっていた。
そん中で、1864年に爆発事故が起こり、弟1人と5人の助手を失い、自らも怪我を負うことになる。
1866年に、不安定なニトログリセリンよりも安全で使いやすくした「ダイナマイト」を発明した。
この発明により、彼は巨万の富を築くことになった。
今では世界中で発掘や土木工事に使われるようになり、彼は一躍(いちやく)富豪(ふごう)の仲間入りをすることになった。
持病の心臓病を患っていて、それが悪化したことを知った彼は、後に有名な遺言状を書くことになる。
アルフレッドは、一生涯独身であったが、20歳の頃に恋人に出会い、それから18年間も交際を続けていた。
主な交流の手段としては手紙で、彼は彼女に218通もの手紙を送っている。
しかし、彼女が他の男との交際により子どもを身ごもるようになった。彼女は他の男性と結婚することになり、アルフレッドの恋はそこで終わることになる。
○ノーベルの死後、「ノーベル賞」が設立された分けとは?
ノーベルの死後、「死の商人、死す」など、悪評な記事ばかりであった。
ここで、人を傷つける爆薬である「ダイナマイト」ですが、どうして、平和賞などの受賞が始まったのでしょうか?
ノーベル死後、一説には「とんでもない物をつくってしまった」と語っている。
ノーベルはそう後悔し、やがて「いつか私が死んだら、私の残した財産を使って、人々に役立つ発明を人、すばらしい文章を書いたり人、平和にために働いた人を表彰する賞をつくろう」と、決心していたのです。
こうしてノーベルの死後、1901年に「ノーベル賞」が誕生したのです。
ノーベルは遺言の内容について生前誰にも相談しなかったため、物理学賞や科学賞の選考方法については、解釈の余地はあったのです。
○まとめ
・毎年12月10日は「ノーベル賞」授賞式がある。
・「ノーベル賞」を創設したのはアルフレッド・ノーベルである。
・アルフレッド・ノーベルは、「ダイナマイト」を発明した人でも有名である。
・ノーベル賞は、物理学、化学、医学・生理学、文学、平和の5分野と経済学の1分野の受賞となっている。
・ノーベル賞は、1895年に創設され、1901年に初めて授与式が行われている。
ノーベル賞の国別ランキングでは、1位はアメリカ、続いてイギリス、ドイツとなっている。
・日本人が初めて受賞したのは、湯川秀樹が受賞している。
・持病の心臓病を患っていて、それが悪化したことを知った彼は、後に有名な遺言状を書くことになる。
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